学院長の簡明中国語講義シリーズ 1
学院長 平井勝利
“中国語あれこれ”

 私は中学以来英語がとても好きだった。特にラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の英文には心地よいリズムが感じられ、野良仕事でもいつも上着の内ポケットに対訳本を忍ばせて、一服時にはそれに目を通して快感を覚えていた。

 家は正真正銘の三反百姓で貧しく小学校一年生の時は新しい教科書を買ってもらったが、以後中学を卒業するまで一年先輩の古い教科書を譲り受け、落書きを消し、包装紙で表紙を覆って使ってきた。父が日中戦争に狩り出され、中国各地を転戦したことは戦後冬の藁仕事をしながら近所の子どもたちにそのことを語っているのを聞いて知った。後に母が早世し、親父が再婚したのがいやになって家に毎月金を送ると約束して大阪へ出たが、中国語を専攻することとなったのは親父の戦後の話が大きく影響していることは否めない。

 大学には三年遅れて入ったもののアルバイトはあるは学生運動はあるは女性とのつき合いはあるは、勉強なんぞできる時間などほとんどない。

 大学に入るとすぐに親父は脳溢血で急死し家計は全部私の双肩にかかることとなり、ますます学業なるものは遠くへ行ってしまった。

 そんな中で、大学に入ったことをどう生かしていくか、学業も能率よく要領よくするにはどうしたらよいか、少しの時間も有効に活用するには自分にどのような仕向けが必要かなど真剣に考えさせられたし、中国語という言語に最短距離で迫っていくためには何をどうすればよいかも自然に考えることとなった。

 そもそも言葉とは何か、中国語は日常何げなく使って生活している日本語とどこに共通点がありどこが異なるのか。

 生来、横着で面倒臭がり屋なものだから、勉強もしないで染み模様のついたアパートの天井板をぼんやり眺めながらよく考えたものだ。

 このようなことをあれこれ思い巡らしている中で、一つ思い至り、およそ半世紀過ぎた今日でも私の持論としていることを今回はみなさんに紹介することとする。

 日本人(正確には日本語母語話者)は何故に外国語が下手なのかである。

 昔から、その理由として、やれ長崎通事、通弁と言っていた頃から、外国語に堪能な人を低く見てきたからだの、やれ島国で永い間の鎖国政策もあり外国人との接触が少なかったからだの、やれ、日本には“沈黙は金なり”の価値観があって外国語をペラペラ操る人間は軽いと見られるからだの、いろいろ言われてきている。それぞれその理由の一端は突いていると思われる。しかし、私に言わせると日本語という言語を母語としていることにその最大の理由がある。

 日本語は話し手の方が豊富に存在する助詞を駆使して語と語の関係から、節と節との関係に至るまで克明に、詳細に、微に入り、細に入って語るので、聞き手の方は何の判断も求められることなく、明確に相手の伝えようとすることをキャッチできる。中国語はその全く対極にある言語であり、話し手の側は語と語、句と句、節と節との関係をほとんど表現しないものだから、聞き手の側には大変な判断が求められる。

 外国語の習得には、この判断が極めて重要なのだ。日本語母語話者と中国語母語話者が全く同一の条件下で新しい外国語の学習を始めたら中国語母語話者がはるかに先を走るのはこのことによるのである。


 学院長の簡明中国語講義シリーズ 2
学院長 平井勝利
“中国語の発音ーその1ー”

 世界の言語には、強弱アクセントを主とする言語と高低アクセントを主とする言語とがある。中国語や日本語は後者の言語のグループに属する。

 しかし、同じ高低アクセントを主とする言語であっても、中国語の高低アクセントと日本語のそれとは全く異なる。

 中国語は声調言語と言われ、楽器に例えれば、弦楽器のような高低の転変形状の見られるアクセントであるが、日本語は鍵盤楽器のような高低アクセントである。

 この相違が、日本語母語話者が中国語の声調をマスターする上で多少の障害となっている。つまり、日本語母語話者は、例えば、アメ˥(飴)とア˥メ(雨)のような、アとメの相対的な高、低音を発音し分けることには慣れているが、それを滑らかで、スムースな上昇調や下降調で発音することには不慣れなのである。

 ところが、しかしである。

 この日本語の低音+高音(飴)、高音+低音(雨)の発音は、そのままの要領で、中国語の第二声、第四声の上昇調と下降調のマスターに100%生かすことができるのである。

 中国語の第二声と第四声の発音の要領で最も重要なことは、その音節を構成している音節末尾音で急激に上昇させたり、下降させたりすることであり、その音節に母音が一つだけしかない場合は、その母音を2回発音し、その2回目の母音を急激に上昇させたり、下降させたりすることである。

 例えば、lái(来)、xìn(信)は、声調符号の付いているaiではなく、-i-nで急激に上げ、下げするのがコツであり、bú qù(不去)はuuのように、2回発音した母音の2回目のuを急激に上げ、下げするのがコツなのである。

 ここで挙げた語例の発音のコツに則った音をそれに近い日本語の五十音で示すと、それぞれ lái-ライ、xìn-シン、u-プウ、u-チィイのように2モーラ(拍)で表記されることとなる。中国語の1音節の発音は基本的には日本語の2モーラ(拍)と対応すると認識してよい。

 このことは、中国語の音声と意味の単位である音節(1漢字の音)を認識する上で極めて重要なことなのである。

 それは、“汉语拼音字母”(ローマ字)で表記されている音節全表を見れば明らかであるように、一漢字の表記である音節は、ローマ字1文字のものから6文字のものまであるが、日本語母語話者は、悪しき英語教育の影響もあり、ローマ字の数が多くなればなるほど、それにつれて長く発音するという悪い癖がついてしまっているからである。

 中国語は日本語よりもはるかに等時性の高い言語であり、一漢字の音は、そのローマ字数がいくつであろうとだいたい同じ長さで発音されるのである。

 母音が1つしかない音節はその母音を2回発音し、2回目で上げ、下げするというコツは、このように中国語の音節の等時性にも合致するものであり、理にかなっているのである。

 また、第二声、第四声は音節末尾音で急激に上げ、下げするという要領は、日本語で2モーラ(拍)から成る語(前述の「飴」と「雨」)における相対的な高低音、低高音の発音の要領と同じであり、それは中国語の滑らかでスムースな上昇調や下降調とは相容れないものと思われるであろうが、初学者には、調音のコツを会得させることが最も大切なことであり、母語の調音を活用することの有効性は言うまでもないことである。

 調音のコツを会得して声調が固まれば、二音節語、三音節句、四音節文と音節が連結していくに伴って、自然と滑らかでスムースな上昇調や下降調が発音できるようになるのである。


 学院長の簡明中国語講義シリーズ 3
学院長 平井勝利
“中国語の発音ーその2ー”

 シリーズ2では第二声と第四声の調音のコツについて説明した。今回は、第一声と第三声のそれについて説明する。

 第一声はできるだけ高い音を出すように心かけることが重要である。それには確かな根拠がある。

 私たち日本語母語話者が日本語を話すときの声の高低の幅は100HZ~250HZであり、これに対して中国語話者の中国語のそれは100HZ~400HZと言われている。中国語を聞いて一般に高い音だなあと感じられるのは、日本語では通常使われていない250HZ~400HZの高い音が多用されるからであり、第一声はこの高さの領域で調音される声調なのである。言うまでもなく、第二声の調尾(声調の終わりの部分)や第四声の調頭(声調の始まりの部分)もこの高さの領域で調音される。

 また、第一声をできるだけ高く発音すると声域(個人個人が言葉を話す時の高低の幅)が広がることとなり、声域が広がるとより広い領域で高低の変化をさせることとなり、狭い領域で高低の変化をさせるよりも変化が自覚しやすくなり、同時により容易に変化をさせやすくなる。

 要するに、第一声をできるだけ高く発音するとより中国語らしい発音となり、声調の習得を早めることになるという二重のメリットがあることになる。

 つぎに第三声だが、この声調の習得にはみんな苦しみます。それは、学習者が音感が悪いからでも口腔の調音器官に欠陥があるからでもない、第三声の声調符号が悪いのである。

 ”汉语拼音字母”(ローマ字)は1958年に制定され、今日まで使用されてきているが、声調符号は、天才的な学者と言われている趙元任(1900~1982、1943年にアメリカに移住し、プリンストン大学で中国語の教育と研究に従事)が、1948年に著したMandarin Primerの中で提示した声調のグラフ(声域を五段階に分け、第一声は55、第二声は35、第三声は214、第四声は51とするグラフ)に基づいている。

 私はこのグラフにはずっと疑問を抱いており、30数年前に中国語話者10人ほどをlmformant(被験者)として、音声分析機器を使って四つの声調を分析した結果、四つの声調の特徴部分は、高平、上昇、低平、下降であり、それをモデルとして示せば
であることを公表した。声調符号が、第一声がaの上に横棒であるのにたいして、第三声はaの下に横棒(活字が無いので説明)であれば第三声の習得はもっともっと楽であったことでしょう。

 私が趙元任の声調グラフに疑問を抱いたのは、私は、人間界、自然界に永きにわたって存在し続けているモノやコトには例外なく、安定した体系や構造が見られるという世界観に立っているからだ。

 安定した体系である声調モデルのはあくまでもモデルであり、発声生理学的な調音のメカニズムから言えば、上昇調を調音するためには、一旦下降するというはずみが伴い、下降調を調音するためには、一旦上昇するという”助走”の伴うことは言うまでもないことである。

 第三声の低平調は声域中位から下降する”助走”が伴い、ぐっと低く抑えますが、低い音を持続することは多大なエネルギーを消耗するので、自から上昇しようとします。現実の発話ではこの上昇しようとする時に、第三声に後続する音節の声調に移行している。
 それをグラフで示せばつぎのようになる

 (好吃)  (好玩)(好看) 

 これが現実の言語生活における発話の実態であることから声調を習得する際には、単音節よりも二音節の声調の組合せで練習することがはるかに重要なことである。


 学院長の簡明中国語講義シリーズ 4
学院長 平井勝利
“中国語の発音ーその3ー”

 声調の発音の要領は以上述べてきた通りですが、中国語が音楽的できれいな言語だと言われるのは、音楽の旋律のように滑らかに上昇したり下降したりしているからです。音節と音節とのわたりがゴツゴツしていたら、音楽的には聴き取れません。中国語は二音節の組み合わせが、中国語のメロディーの基本的なユニットとなっています。従って、中国語の声調は、二音節の声調の組み合わせである20通り(軽声も含めて)を繰り返し繰り返し練習し、その音の流れをしっかりと把握することがとても重要です。

 私たち日本語母語話者は五、七、五の俳句や五、七、五、七、七の和歌が非常に調子がよい、日本語としてとても心地よく聴えるというのは、五、七や七、五の間に一拍間を置き、実際には六、八、六或いは六、八、六、八、八の音節数(拍数)になっているごとに由来します。

 中国語話者にも中国語として心地よく聴える音節数と強弱があります。

 例えば、“春天暖和,夏天热,秋天凉快,冬天冷”は、春天、暖和、夏天、秋天、凉快、冬天の後続音節を軽声で発音し、热と冷はrè+e、lěng+ngと発音し、eとngを軽声で発音すると、すべての語が二音節で、その構成は一様に強弱となる。このようにして、全体を流れるように発音すると中国語話者には如何にも中国語らしく、加えて極めて心地よく聴えることとなるのです。この調子は、“山东快板(快书)”がベースとなっているように思いますが、そのことは現段階ではその裏付けとなる資料はありません。

 さらに、強弱のことを取り上げましたが、中国の国語である“普通话”は音声面では北京方言がベースとなっています。

 言語類型論的には、中国の方言は北方の方言ほど調類が少なく、南方の方言ほど調類が多いと言うことができます。例えば、北京語の調類は四つであり、広東語のそれは九つです。

 調類が少ないと言うことは音韻論的に言って、stress(強弱)アクセントがpitch(高低)アクセントを補完していると見てとることができます。

 従って、軽声音節は弱化音節と促えるのが妥当です。

 中国語話者の言語生活においては、辞書的には軽声でなくとも、相対的に弱化した音節が多数見受けられます。

 一般的には固い中国語と言われるニュースであっても本来の声調からずいぶんはずれた声形がかなり観察されますが、それは前述したように上昇調から下降調にそしてまた上昇調にというように波を描くような流れに乗るために、調形が変化しているのです。これに強弱のアクセントが規則的に加味されることにより、音楽的なメロディーが産出されるのです。